産婦人科の外来部門の設計方針は、公的病院と私的病・医院とでは大きく異なる。
さらに患者のプライバシーを尊重した診療を行うのか、能率主義で多くの患者さんを診療するのかなど医師の考え方によっても設計が異なる。
外来には、待合室、受付事務室、採尿室、予診・計測室、診察室(外診・内診)、処置室、NST室、カウンセリング室などが必要となるが、いかに有機的に配置するかが設計上の要となる。
外来部門の基本的な設計方針と、陥りやすいピットホールについて述ぺ、我々が関与した病・医院の具体例を示して解説する。
設計を行う時は、設計士は医師だけでなく、他の医療従事者(助産婦、看護婦、受付事務員、検査技師など)とも十分に打ち合せを行い、具体的な医療機器、事務機器のレイアウトも当初から考えておく必要がある。
われわれは1980年に名古屋大学医学部付属病院の分娩部新設の設計に参画して以来、東海地区の十余りの公的病院の産婦人科の外来・病棟・分娩部の設計にアドバイスをし、8件の私的産婦人科病院・医院の新築・改築の設計・監理をして、そのノウハウを集積してきた。
最近、産婦人科医院建築を評して「ホテルのような」などといわれるが、それはそれなりに良い面もあるが、あくまで医療施設の機能を十分考慮した上での設計でなければならない。
多くの医療従事者(医師、助産婦、看護婦、受付事務員)は建築についてそれほど詳しく知ってないため、近くの病院・医院を参考にして平面図だけで病院事務部門や設計士と打ち合わせをして、完成後に後悔することが多い。
これを防ぐには、設計士は個々の医療従事者とさらには医療機器メーカー担当者とも十分打ち合わせをし、陥りやすいピットフォルも指摘しながら設計・監理する必要を強く感じる。
患者さんに喜ばれ、医療従事者も働きやすく機能的な建物が理想ではあるが、現実には面積や金銭的な要素も絡んでくるので、バランス感覚も大切である。
公的病院では、外来棟、病棟、手術・中材部門、検査部門、管理部門などと機能別に独立して棟を設計することが多い。
しかし医療従事者が外来棟と病棟もしくは分娩室・手術室を往復するため、時間と体力を消耗するほど離れている設計は好ましくない。
一方、個人開業医では院長自ら陣頭指揮する必要があるため、敷地面積が許せば、われわれは外来と分娩手術室・新生児室・ナースセンターを1階の同一フロアにする事を提案している。
外来の最中の分娩でも分娩室への移動は速やかに行えるし、外来患者でショックなどの緊急事態が発生してもドア1枚で麻酔器のある手術室に移動できるメリットは計り知れない。
さらに最近は従業員不足も大きな社会問題で、1階にすべての中枢部門を配置した方が効率的である。
ただし、外来患者と入院患者がクロスしないようにし、清潔区域と不潔区域のゾーニングも考えたレイアウトにする必要があり、工夫を要する。
図1は外来診療部門まわりの構成をフローチャート化したもので、いかにこれをアレンジしてレイアウトするかは個々の病院の状況と考え方によって大きく異なる。
1.待合室
公的病院の産婦人科外来の設計上の注意点としては、感染症の多い小児科、耳鼻科、内科、皮膚科などの近くに産婦人科外来を持ってきてはならない。
通路を待合室がわりにしないで、産婦人科専用の待合室を設置すると感染を防げ、プライバシーも守れ、しかも母親(両親)教室などにも利用できて良い。
私的産婦人科病院ではほとんど産婦人科単科のことが多く、この点はあまり問題にならない。
待合室の大きさは1 日あたりの外来患者数や、予約制の有無によっても異なるが、余裕をもった面積を確保したい。子供を同伴することも多いので、できればプレイルームも別に確保する。
テレビは一般放送を流すのではなく産婦人科関連のビデオや子供向きのアニメを放映する工夫をしている施設も多い。
電話ボックスの設置も忘れてはならない。公衆電話機をカウンター上に置くだけではプライバシーが守れないため、防音構造の電話ボックス設置が望ましい。ジュース等の自動販売機の設置の有無もあらかじめ相談する。
下足のままか、スリッパにはきかえてもらうかは議論の多い点であるが、公的病院ではすべて下足のままの設計で定着している。
郊外の私的病院・医院ではスリッパにはきかえの設計を希望することが多いが、都市部の施設では極力下足のままで入ってもらい、内診台に上がる時に下足を脱ぐ設計としている。
床材は塩化ビニールの長尺シートまたはタイルカーペット敷きとするが、カーペットはメインテナンスがやや大変であるが、感じは良いし、歩行音も静かである。
2.受付事務室
産婦人科は夜間緊急入院の頻度が高いため、カルテを中央管理にするか、各科別の収納管理にするかは十分に検討されなければならない。
カルテは原則的には1人1カルテで各科共通の同一番号とする。カルテ検索はカルテセレクターなどを使用すると迅速にカルテが用意され、私的病院でも使用されるようになってきた。
レセプト專用コンピュータ(レセコン)、レジスター、コピー機、カルテ棚、ファクス機、電話機、呼出マイクなどが所せましと並ぶので平面詳細図で十分検討し、収納部分も確保しておく。
カルテをどのように診察室に運ぶかも大切で、ある小児科医院では遊び心でカルテ送り用の木製の滑り台を壁面に設置し子供が喜んでいる。
3.採尿室
妊婦検診では検尿は必須で、採尿室と検査室との間には尿カップのパスボックスを設ける。
尿カップを持って待合い室を横切るような設計は避けるべきである。
採尿室には清潔感のある化粧室も併設し、小さなベビーサークルも設けると良い。採尿室とは別に男女別のトイレ・化粧室を設置する。
4.予診・計測室
医師の診察前に看護婦、助産婦による予診・計測がされていると効率的できめの細かい指導もでき、設置する
施設が増加している。体重・血圧も自動計測するようになってきたので電源を忘れないようにする。
5.診察室
公的病院では能率主義の設計であることが多く、医師1名に対し、内診台2台(経膣プローべ式超音波断層装置1台付き)、外診ベッド2台(経腹プローべ式超音波断層装置1台付き)、診療机1台で設計したこともある。
しかし、プライバシーのない診療体勢となりやすく、私的病院では、医師1名に対して、内診台1台、外診台1台、診療机1台で設計する。
しかし、私的病院でも患者が増加した時に、増設できないといわれることも懸念されるため、われわれは妥協案として内診台2台(1台は予備用とし、アウスや膣洗患者に使用)と外診台1台は超音波断層装置付きとし、もう1台の外診台は処置用ベットとして予備用に設けて置くことを勧めている。
内診ブースの幅は回転式内診台の設置を希望される時は最低でも2.5mを必要とし、できれば2.8〜3.0mを確保したい。
上下式内診台であればブースの幅は最低1.8mで、できれば2.3〜2.5mで設計する。
内診ブース内には、内診台、診療ユニット、経膣プローべ式超音波断層装置、アウス用吸引装置、コルポスコピー、冷凍手術器(クリオス)、高周波凝固器(下平式)などが置かれるので、あらかじめ設置する機器を決め、内診台の排水のトラップの位置決めも難しいのでレイアウトもしっかり打ち合わせておかないと納まらない。
電源はすべてアース付き3Pの医療用コンセントとし、壁面に設置する(床コンセントは防水が不完全で後日トラブルの原因になりやすい)。
照明は通常診療ユニットについている器具を便用することが多いが、そのつど看護婦が照明器具をさわる必要がある。
もし予算的に余裕があれば、手術用無影灯(4〜5灯)を設置し、通路の反対側カウンターの上に灯部がくるようにし、医師の肩越しに光が入るようにすると通行のさまたげにならないで十分明るく、色調も正確となる。
内診ブースと窓側のカウンターとの問の通路は最低1.2m、できれば1.5m以上あけたい。
カウンター上もしくはその下部収納部分には頭微鏡、各種検査用器具、消毒済鉗子類、ディスポ製品、検査伝票、書籍、薬品類などが置かれるので、整理整頓しやすいように引き出しや収納棚をあらかじめ相談する。
カウンターのシンクは清潔シンクと不潔シンクにわけておく。滅菌水製造装置も設置することが多い。
アウス後の子宮内容物によるシンクのトラップ詰まりも発生しやすいため、別個にサイホン式の汚物流しを設置しておいた方が後のトラブルが少ない。
診察机は各種情報が受けやすくかつ患者と対面できるように大きな楕円形の木製机を特注している。
シャウカステンだけでなく、分娩監視モニターのCRT、コンピュータ端末などのOA機器が将来入ってくることも考えて設計しておく。
診察机の横には医師用の本箱や各種伝票・パンフレットを収容する棚も特注で設置すると便利といわれる。
外診台には経腹プローべ式超音波断層装置が設置できる余裕をつくる。
また、調光器付きの照明器具で少し暗い目にできるようにする。
医師と患者が同じ画面をみるには角度的に無理があるため、患者の足元の上部に白黒モニターテレビを天井吊りとする。
最近は超音波の画像の録画を希望する患者も多いためビデオも備え付けることも多い。
処置室は通常は採血室も兼ねることが多く、ライトビン、冷蔵庫、遠心器、棚、処置用ベッドなどを必要とする。
妊娠悪阻で点滴を受ける患者のために点滴室を別個に設計することは少なく、NST室と兼用で設計すれば良い。
不妊症を専門とする病院の場合はAIH室を別個にしたこともある。
カウンセリング室は余裕があればプライバシーを守る意昧からも確保した方が良く、多目的室にもなる。
←図2はわれわれが初期の頃に参画した 愛知県の小牧市民病院の産婦人科外来の図画を示す。
中規模の市民病院で、外来棟の奥端に産婦人科外来がある。
中央カルテ制のため受付にはフィルム庫のみとなっている。
診察室は2室、内診室は3室(うち1 室は外来手術ができるように大きく設計)で構成している。
患者は中待合の椅子に待ち、スタツフの通路は一直線であり、無難な設計である。
図3は岐阜県立多治見病院の故飯田副院長が設計されたユニークな図面を示す。↓
東濃地区の基幹病院のため患者数は多く、 田舎の患者がまごつかないように配慮して設計された。
そのかわり医療スタッフの動線はコの字で長く、スポーツシューズで走らないと全体を回れないとの苦情もあった。
東北大学付属病院の産婦人科外来はこの発想とまったく逆で中央部分が医師・看護婦などのいる場所とし、 患者が外側の通路をコの字型に徘徊するプランで、 医療スタッフは能率的であるが、患者は移動が大変であると聞いている。
↓図4は名古屋第2赤十字病院の産婦人科外来の図面で、
小林部長とわれわれが議論をかさねて作ったものである。名古屋市東部の基幹病院で規模も大きく、
外来の面積も大きく取れた。
産婦人科専用の待合室、予診室、乳房管理室、NST室、カウンセリング室など設置でき、余裕のある設計ができた。内診室は固定壁で仕切ることを止め、アコーディオンカーテンの仕切りとした。
これは緊急時にストレッチャーを入れやすくする配慮のためである。
検尿室がやや離れすぎている欠点はあるが、スタッフの動線も大きい割にはすっきりしていて好評であった。
以上はいずれも公的病院のため、どうしても建物だけは作ってくれるが、家具などの収納部分は後で購入するため、灰色のスチール製事務用家具が並んでしまい、カラーコーディネートはまったく配慮してくれない。
私的病院・医院は院長の理解と予算さえ合えば、作り付けの家具で機能的でかつ感じの良いものが作れる。
↑図5は名古屋市南部のアイ・レディスクリニック(院長伊藤泰樹先生)の1階の図面である。
前述のわれわれの主張のように1階に外来、分娩・手術室、新生児室、ナースセンターを配置している。
実はこのクリニックの前に藤ヶ丘レディスクリニック(院長管整一先生)を同様な思想で設計・監理していて、非常に便利で働きやすいとの評価を受けていたため、さらに完成度を高めた図面となった。
内診室を出た所には化粧直しの洗面台まで配置し好評である。女子トイレから尿コップを出すパスボックスはステンレス張りとし、洗面台の後ろはベビーサークルも作り付けで設置した。
医師は診察室の後ろのドアで分娩・手術室に速やかに移動できるし、外来受付はカルテ庫経由でナースセンター(NS)とつながっていてスタッフの移動もスムースである。
外来、分娩・手術の両方の器具の滅菌消毒も共通化でき、動線も短い。ほば理想に近い設計ができたと自負している。ディテールは文献(*)に写真入りで紹介しているので参照して頂ければ幸いである。
(*)「医院建築」産婦人科医院の計画
われわれが産婦人科病院・医院の設計に携わって10年以上が経過した。
初期の頃は今から考えるとつまらない過ちをしていて建物が完成して、実際にスタッフが働き出してからいろいろな指摘や注文を受け反省することもあった。
医療スタッフからの貴重なアドバイスでさらに磨きをかけた発想の図案を次の設計では描くことができた。
この繰り返しがわれわれの一番の勉強になった。
今回お見せしたのは簡単な平面図のみであり、本当のノウハウの入っている詳細平面図、展開図、家具図、設備図などは紙面の関係でお見せできないのは残念である。
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