われわれはこの10年間に、束海地区の公的病院10カ所と私的医院4カ所の産婦人科部門の新築と改築に 携わり、それぞれの産婦人科医師と建築会社との接点に立ってアドバイスをしてきた。
特に最近は、新しい医療技術、医療機器の導入に伴い、病院設計も複雑となり、十分な打ち合わせを事前にしておかないと病院が稼働してから問題点が噴出してしまう可能性が大きい。
さらに、外来部門、分娩部門、病室部門の基本的なレイアウトの考え方がまちがっていると、10年以上はそのままのシステムのまま稼働しなければならない。
これは快適な入院分娩生活を夢みてきた患者さんだけではなく、医療従事者にも多大の迷惑をかける設計となる。
あくまでも患者さんが喜んで来てくれる設計であり、医療従事者も働きやすくかつ機能的な建物の設計をめざす必要がある。
われわれが今までに学んだ貴重な経験をもとに、現在考えている産婦人科部門の設計の工夫、注意点について述べさせて頂く。
公的病院では、現在の大きな考え方は、外来部門、病室部門、手術・中材部門、検査部門、管理部門にそれぞれの機能を集中させて機能的で効率の良い設計を行うことが多いが落し穴がある。
一方、個人開業医では、外来と分娩、新生児室、ナースセンターを同一フロアにする方がよいとわれわれは考えている。
これは個人開業医では、院長自ら障頭指揮をする必要があり、同一フロア内でたえず全体が見渡せる設計をした方がよい。
外来中の分娩でも医師の移動は速やかに行えるし、外来の患者で緊急事態が発生してもドア1枚で麻酔器のある手術室へ移動もできるメリットは非常に大きいからである。
さらに最近は、看護婦不足も大きな間題になってきている点からも1階にすべて中枢部分を持ってきた方がよいと考えている。
ただしレイアウトは、外来患者と入院患者がクロスしないようにし、清潔区域と不潔区域のゾーニングも考えたうえでのレイアウトを必要とするし、工夫を要する。
外来部門での注意事項としては、産婦人科専用の待合室をとることが大切である。
これは、他科の患者、特に感染症の多い小児科、耳鼻科の近くに産婦人科外来を設置してはならない。
プライバシーの問題もあるので、できれば通路を待合室の代わりにしなくて專用の待合室を設置することが望ましい。この室は、母親教室などにも流用できる多目的室の設計をすると良い。
できればプレールームも併設したほうが良い。
外来部門のレイアウトは能率主義にするか、プライバシー尊重主義にするかをはっきり決定しておく。
医師が能率よく患者を診療しようとする場合は医師1名につき内診台2台(経膣プローべ超音波1台つき)、外診ベッド2台(経腹プローべ超音波1台つき)、診療机1台の割合で設計する。これは女性の場合、着替えの時間が長くかかるためである。しかしプライバシーはないに等しい診療形式となるので、その地域のセンター病院的なレイアウトとなる。
一方、個人開業医ではプライバシー尊重主義でいくとすると、診療室には1人の患者しか入れないとの思想であれば内診台1台、外診ペッド1台の設計となる。
しかし患者が多くなった時に増設する余裕がない設計となる。このためわれわれは妥協的として、内診台を2台設置(1台は予備用として平素はアウス手術のみに使用)、外診台1台は超音波装置付ベッドとし、もう1台を処置用ベッドで予備として設けておくと良い。
採血、処置を行う場所はライトビン、冷蔵庫、遠心機などを必要とするのであらかじめ配置についても打ち合わせを十分に行なう。
血圧計も自動血圧計を利用することが多くなっている。
採尿室からは直接検査室に尿コップを提出できるような工夫をする。
その他ではNST室、超音波室、AIH室などを別個に設計したこともあり、その病院の医師の考え方を初めに十分聞いておくことが大切である。
公的病院では手術室と分娩室は完全に分離されていることが多い。
先駆的な病院では分娩部門の中に緊急帝王切開術を行いうるように手術室を配置しているレイアウトも見られるが、現実問題としては麻酔医、看護婦を常時そこに配置しておけないために十分に活用されていないことが多い。
われわれは公的病院では2人同時に分娩できる大きい分娩室(9×6×3.0m)とTb、HBs、luesなどの感染症用の分娩室(5×6×3.0m)の分娩室を2室作ることを指導してきた。
しかし家族立会い分娩などのためにはそれぞれの分娩室を個室化したほうが良いと現時点では考えている。
また、われわれは LDRシステム(lavor,delivery,recoveryを一つの室で兼ね備えて分娩を行うシステム)の設計の経験はないが今後は機会があれば、実際に設計してみたいと思っている。
個人医院では、分娩室と手術室とも兼用する大きな室を作ってきている。
これは個人医院では手術は最大1〜2例/週であり、分娩を主体とした考え方で良く、かつ、分娩が重なった時は分娩ができるように作成された手術台を購入してもらっている。
万一緊急時には同一室内に麻酔器などの蘇生セットも常備してある方が便利であり、わざわざ手術室と分娩室は分離しない方がよいとの思想のためである。
ただし手術室としての清潔度は低下するが個人医院レベルでは便利さを優先した方が良いと考えている。
分娩・手術室のサイズはできれば9×6×3.0mを基本とする。分娩台、手術台を1台ずつ入れる。
100V、O2、V、ナースコールなどはすべて天井吊りとする。
予算があればシーリングコラム内に取り付ける。
分娩台には5灯クラスの無影灯(エレベートタイプ)、手術台には7〜10灯クラスの無影灯をつける。
このためには天井高は最低でも2.7mを必要とする。
空調は予算があればHEPAフィルター(クラス1万)を使用するが、個人医院では冷暖房のみとする。
分娩台の横にはインファントウォーマ(遠赤外線灯付処置台+新生児蘇生セット)も置いて分娩直後のベビーの保温に努める。
分娩直後の沐浴は行わない考え方が普及してきているので分娩室内の沫浴槽設置は現時点では省略する。
分娩室内で使用する吸引娩出器、トレイなどはカウンター下部に収納部分を作り平時は見えないように工夫する。
収納棚は可能な限り多く作り、整理整頓できやすいように配慮する。
あとで器具棚を入れるとその上部にホコリがたまりやすいので初めから作りつけの収納棚とする。
サイズは医師だけでなく、助産婦、看護婦とも十分な打ち合わせを要する。
床は乾式は当然であるがノンスリップとするため、現時点でアルトロG(アームストロング社、ABC商会扱)を使用すると良い。
天井、壁は女性好みの感じの良いビニールクロスを使用することが多いが、好みの間題もあるのでむずかしい。
コンセントはすべてアース付の医療用3P仕様とし、2m間隔でカウンター上、カウンター下にできるだけ多く設置しておく。
また分娩や手術台の電源は天井吊りもしくは床電源とするが、床電源は漏水による事故の可能性がありうるのでできれば避けたい。
どうしても天井よりのコードが目障りであれば、分娩台のべースにかくれる場所にあらかじめコンセントボックスを設置し直結で結合し、エポキシ系樹脂でコーティングしてしまうこともある。
分娩室内には無菌水装置付の手洗いも設置しておく。
新生児室は家族の来訪時に廊下よりよく見えるように大きなガラス(強化ガラスが望ましい)をはめる。
新生児室のコット数とインキュペーターの数については、病院の規模、何日目で母児同室にするか、未熟児をどこまで管理するかによって大きく異なるので打ち合わせが大切である。
われわれは個人開業医病室14床レベルの設計では新生児コットは7台、インキュベータ2台(プルーライト、
軽症な呼吸管理を必要としない低出生体重児用)、沐浴槽1台、赤外線ヒーター付処置台、看護婦仮眠用
二段ベッドを入れた新生児室を作っている。
当直看護婦が新生児室内に仮眠できるようにし、出入口はホテルロックとして、万一の盗難も防止できるように配慮する。空調も他施設とは別系統とし、26±1℃、60%にコントロールする。
ナースセンター(NC)は公的病院では他の病棟と同じ大きさで産婦人科NCを設計すると破綻する。
これは産婦人科特有の処置室、内診室などを余分に必要とし、かつ分娩セットなどかさばるストック品が多いからで、打ち合わせをして十分な面積をとる必要がある。
集中監視システムの有無によってもレイアウトが大きく変わる。
個人開業医のNCは授乳室も兼用して設計していることが多い。
これは、母子同室といえども初産婦では授乳指導を適切に行うには、スタッフの人数の関係でNCでした方が便利であるとの考え方による。
さらに前述したように開業医レベルでは外来の受付部門とドア1枚でNCと直結していた方が何かと手助けしやすく便利であるので、われわれはこのような設計としている。
なお、公的病院の場合は分娩室の近いところに医師当直室、助産婦当直室を設置し、分娩監視装置の画面表示用テレビを天井吊りとする
公的病院では行政指導により一定の個室率以下でしか設計できないが、できるだけ個室を多くとる。
個人開業医では、4人室(切迫流早産用)を1室のみ作り、残りはすべて個室とする。
産婦人科ホテル論はある意昧では正しい部分があり、快適さを追究すると、個室にはベッド(できれぱ電動)ソファベッド、ベビーコット、冷蔵庫、テレビ、電話、ナースコール、トイレ(ウオシュレット付)、洗面、収納庫を設置する。
特室にはバスユニット、キッチン、予備室をさらに設置することが多いが、その地域の特殊性によって大きく異なってくる。
空調はセントラルではなく、個別のほうが良い。これは、個別に温度調節できたほうが良いためと、経済的な理由による。
大部屋は4人室までとし、6人室はさける。また大部屋といえども、快適さには十分配慮する。大部屋の比率が高いときは患者用食堂を設置した方が良い。
リネン室を含めて、収納部分には余裕を持った設計をしないと、数年で破綻する。
いくら整理整頓するように指導しても使用する医療用品はディスポでかさばるものが多くなっているのが実状であり、使用しなくなった医療機器も耐用年数の関係で廃棄できなかったり予備品として置いておくために、どこの病院も倉庫は満たんである。
平成2年7月に名古屋市南区に新規開院されたアイレディスクリニック(院長伊藤泰樹医博)のレイアウト図面を示す。
院長、院長夫人との打ち合わせは、深夜までなることもしばしばであったが、開業医レベルとしては理想に近いものができたと思っている。
前述したように、1階に外来部門、分娩・手術室、新生児室、ナースセンター(NC)を集約してある。
外来患者と入院患者の出入口は別とし、入院患者の出入りはNCで直接分かるように設計している。
待合室とは別にプレイルームを設置した。
2階は特室1、個室4,2人室1、厨房、職員食堂、リネン庫、更衣室、洗濯室とし、3階は特室1、個室5,4人室1、浴室、倉庫、4〜5階は自宅部分である。
紙数の関係で平面図のみを掲載し、ディテイルは省略するが、ノウハウはディテイルを見ないと分かって頂けないので残念である。
昭和55年から名古屋大学付属病院分娩部の設計に携わって以来、試行錯誤の繰り返しで数多くの公的病院の産婦人科部門と産婦人科開業医の設計に参画させて頂いてきたが、「病院の設計は非常に難しい」の一言に尽きると思っているのが現状である。
設計者と医療従事者との意識レベルの隔たりは大きく、本に載っているレイアウトを繋ぎ合わせただけでは本当にその病院に合った設計にはならない。
幾多の産婦人科の先生、助産婦、看護婦、補助婦の方々のアドパイスと実際に稼働してからの間題点をわれわれに率直に教えて頂いたことに感謝して筆を置く。
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